第5日目(12月31日・木曜日)
 
■ニサで遺跡発掘現場見学後、革製品の店へ。
■トルコ最大の遺跡エフェソス。聖母マリアの家、アルテミス神殿跡、考古学博物館、大理石通り、セルシウス図書館、円形劇場を見学。
■観光後、イズミールヘ。(昼食ケバブ)

(イズミール泊)

○朝

 1998年最後の日。
 モーニングコールは6時丁度。バゲージダウンは6時45分。朝食はレストランが6時30分に開く。出発は、ロビー集合7時30分。今日は1時間程度歩くので歩きやすい格好という指示がある。この旅行のメインエベントエフェソス観光があるからだ。


○ドイツ人のおじいさん


 夕べ両替ができなかったので朝早めにフロントに行ったが、やはりダメだった。仕方ないのでフロントの前の椅子に腰掛けているとドイツ人らしきおじいさんが話しかけてきて、私たちの写真を撮ってくれると言う。で、キャノンの大きいカメラしか持っていなかったのでそれでお願いしたのだが、どうも扱いがうまくできなくて、シャッターを押すところまでいかなかった。でも、有り難く礼を言って、これで終わりかと思っていたら、このおじいさん、えらく則のデジカメに興味を示して、何やかやと聞いてくる。あげくに、近くにいたフロントマンにも説明させたり、昨日の食事時に写した写真を売りに来ていた写真屋にも説明させたりと、そのはしゃぎぶりったらなかった。自分のものでもないデジカメをさも自分のものを自慢するかのように他人にするのだから。


○警備の若者と


 まだ朝食にも時間があったので、外に出て星を見た。北斗七星がとてもきれいに見えた。北極星はあれかな、などと話していると警備の若者が話しかけてきた。一応英語だったのだが、星の説明が難しくて、早々に中に入ったが、まだまだ時間があったので、また外に出て、今度はラジオ体操をした。すると、またあの若者が近寄って話しかけてきた。よほど退屈しているのか、日本人が珍しいのか。これがジャパニーズスタイルと言うと、自分たちはこうすると言ってトルコ式を教えてくれた。それから2,3枚記念撮影。


○出発


 やっと食事の準備ができたので、外人さんのお相手もこれで終わり。食堂に行った。その帰り、フロントにも人が増えたので、両替をした。5000円+1$、これが1310万TLになった。これで、昨日のワイン代が払える。(昨日はお金の持ち合わせが無くて後払いということでサインだけにしておいたのだが、これが後での騒ぎの一因になる。) 電話代は190万TL約800円、結構高い。ホテルのマージンが相当入っているのだろう。仕方ない。ところで実は、私たちがホテルで代金を支払う際にちょっとしたトラブルがあった。そのために7時30分の出発を7分ほど遅らせてしまうことになった。

 40分近く走ったところで、地熱発電所が遠くに見え畑では温泉水を利用した温室が見られた。排水溝に蒸気があがっている様は印象的だった。それから5分くらい行くと焼き物の町になった。街道の両側で、素焼きや上薬をつけた、主に壺が沢山並べられて売られていた。またこの街道沿いには木肌の白いポプラがよく見られた。このころになると順さんはいつものことながらまた居眠りを始めた。道が単調だからしかたが無いのだろうが、それでも夜はしっかり寝られるから不思議だ。

 8時50分から20分間トイレ休憩。そこではロクムが非常においしいということで(実際、試食したがもちもちしていておいしい)、10箱50$を11箱におまけしてもらって、みなさん買い込んでいた。これは丁度日本の胡桃ゆべしのようなもので、胡桃がマカデミアンナッツに変わったと思えばよい。一箱5$というのはイスタンブールの国内線の所の3$よりも以上に高い。迷ったが買わなかった。私たちは見てるだけ。



○ニサの遺跡

 道路はエーゲ海地方にすでに入った。肥沃な土地で、オレンジなど街路樹としてなっていても、誰もそれを取ろうともしていない。Nyssaという小さな町の遺跡に向かっている。旅行会社が援助している遺跡だ。
 ニサの移籍は、実は大したことはないだろうと思っていったが、結構な規模であるとともに、是れからまだまだ発掘されていくとの印象を持った。第一ほかの遺跡と違って我々で独占できる。

 主立ったところは劇場で、ほぼ完全に発掘されていた。山の斜面を上手に利用して、観客席(前は貴族、中盤は一般市民、後半は奴隷、女性は最後列か入れない)を造っている。音響効果も考えて造っているというのだから驚きだ。

 いや、もっと驚くべきことは、対岸の川岸から劇場までは昔はアーチ状の橋が掛けられていたということだ。アーチ状の遺構も完全に残っているところもあり見応えがあった。

 競技場の跡は発掘はまだまだだが、観客席は山の斜面を利用しているものの、競技場そのものは川の中にあり、アーチ状のこれまた橋を掛けてそこを競技場にしていたよう。また船を使った模擬戦も行われていたという。おそらく国のあちらこちらにこうした遺跡がまだまだ沢山存在するのであろう。この遺跡も1970年代の発見とのことで、その前はオリーブ畑であったという。


○革製品の店にて


 10時にそこを辞して、エーゲ海向けて再び西上する。この辺りはまた大理石の産地で、途中貨物列車でそれを運び出している光景を偶然にも目にすることができた。それにしても一挙に気温があがった。エーゲ海を目指すということはこういうこと何だと変に納得。道路は非常によく整備されている。町中に入れば2車線、時に3車線になるし、また路肩には歩行者スペースが確保されている。

 11時少し前に革製品の店というに入る。最初にこれもインターネットで知識はあったが、ファッションショーがあった。お客さんの中からモデルを、という話はバスの中であったが、まさかそれが則になるとは。変な帽子をかぶっていってからに他なら無いと思う。結構恥ずかしかった。而してできあがったのが写真のごとく華麗な姿。きれいなモデルさんたちに囲まれてご満悦。

 楽屋に入って着替えさせられたが、そこにはまだ10才前後の少年が働いていた。この子の学校はどうなっているのだろう(トルコの正月休みは正月3日間のみ)と思った。子羊の皮が一番良くて、しわにもならないと説明を受けた後、品物を選びに入った。ここでジャケットを則は買うことを予定していたが、順さんまでついでに買ってしまった。日本円に直して18万程度。トルコリラでもちろんカード支払い。いくつもいくつもの桁になるので、カードの金額も何度か確認してしまった。なるべくカード決済が遅れて円高になってもらいたいと思う。JCBで払ったので、ポイントも普段の倍付くが、支払いも大変だ。まぁまたがんばって働くとしよう。

 この冬のコートシリーズはこれで終わりを告げる(はずだ)。

 次はいよいよ則の一番の楽しみのエフェソスへ向かう。途中、ガイドのバルシュからトルコについていくつかの解説があった。オリーブは世界で2番目の生産量ということ。そうか、オリーブは前回のスペイン(去年の冬休みにスペインに行った)に次いで2番目なのか。そういえば、この辺からオリーブの木が増えてきたようだが、確かにスペインの見渡す限りには及ばない。畑ではタバコ、綿も。綿は世界5番目で、収穫は11月前後が中心だが、その労働力はトルコ東部からの出稼ぎで約一月のテント生活をおくるそうだ。まだ収穫をしている畑もけっこう見られた。また、学校は2月・6月・ラマダンなど全部で4か月位の休みが子どもにある・・・こんな話を聞いているうちにエフェソスにはいる。 


○聖母マリアの家


 革の店からおよそ10分少々。まずはマリアの家に行く。マリアの家への道は結構急で長かった。山の上にあるが、眼下にセルシュク(エフェソスのある町)が見える。山の中腹にはローマ時代の城壁の一部も見ることができた。
 ここはマリアがキリストの死後4年目以降住んでいたと言われる所で、今でもキリスト教者の巡礼地になっているのだそうだ。この家を守るために数人の人が近くに住んでいる。毎朝7時15分に祈りをするのだが、イスラム教徒も祈りに来るという。イスラム教の中でキリストというのは40人の使徒の中の一人として登場しているので違和感はないのだそうだ。
 祭壇はきれいに飾られていた。ろうそくも赤々と燃えていた。私たちもいくらかの献金をしてろうそくを灯してきた。
 おみくじも、と思ったが、日本のようなものではなく、みんな勝手にちり紙などを結びつけるだけだったのでやめた。始めたのは日本人なのだろうか?紙を結びつけるために針金が張ってあるのも日本の神社と同じ。マリア像の消印を押してくれるという郵便局は、時間が悪かったのか閉まっていて残念。


○昼食


 さて、今日の昼食はメンデレス高原。畑の真ん中にあるレストランで。メニューは、魚のスープ、サラダ、野菜クレープ、かんぱちの魚のケバブ(焼き鳥みたいでおいしかった)。付け合わせの干しいちじくは干し柿のようでうまっかった。ワイン大500万から800万、小275万から300万。ビール70万、キリン一番絞り5ドル、コーラ50万、ジュース60万、フレッシュジュース75万、チャイ30万也。勿論一番安いワインを飲む。

 ここで、エフェソスの解説本を買おうと思って見ていたら、人によって値段が違う。気に入ったのが見つかったが、8ドルというのを、則の猿芝居で6ドルに負けさせた。(が、あとの博物館では5ドルだった。がっかり)
 14時5分前レストラン出発


○エフェソスの遺跡


 エファソス考古学博物館へ向かう。ここでまずお勉強。とにかく沢山の遺跡が発見されたということがわかった。また、ギリシア彫刻とローマ彫刻の違いも教えてもらった。(ギリシアはきれいな顔、ローマはしわや目の穴など写実的)一番見たかったアルテミスの像は見た。ハドリアヌス神殿のニケ像も見た。是れでポイントはわかった。

 15時に遺跡に到着。南側出入口で料金を払って中に入る。と、既にそこは紀元前の世界。けっこう形が解るままの物があって、次々と目を奪われた。ハドリアヌス神殿なんてコリント式の門しかないのだけれど、その後ろに昔の人々が見えるような気がした。途中高級住宅街を通ったが、その前のモザイク模様の道なんて、贅の限りを尽くしてあって保存状態も良くてこれまた想像をかき立てる。

 面白かったのは公衆トイレ。非常にオープンということだが、まさしく。隣に並んで座って用をたすんだ。石で冷たいので、まず奴隷に座らせて暖まってから本人が座るのだそうだ。でも、急ぎのときはどうするんだろう。
 売春宿は石の壁だけでちょっとどういう状態だったのか判らない。
 向かいにある図書館はすごかった。建物の高さ、豪華さもだが、この時代に図書館を造るという発想、しかも他と争って蔵書を増やしたという欲(単なる権力の象徴だったのかもしれないが)には、日本との違いを見せつけられた思い。この頃(紀元前3〜4世紀)の日本て何をしていたっけ?
 また、図書館の横に、奴隷に感謝する門を造っていたが、これは、奴隷といってもアフリカ奴隷と違ってギリシアから連れてきた奴隷は学びの師としてある種の尊敬の念を持って接したことがあったかららしい。この図書館から売春宿まで通じる地下道があるということだったが、見られなかった。
 それから大理石通りを通っていくと、売春宿への案内図があった。壁にある物とばかり思っていたら、下の石畳の中にあった。そこにある足跡は、これより足の大きい人だけ宿においで、それより小さい人は図書館に行ってもっとお勉強をおし、ということなんだって。

 最後に大劇場を見た。トルコで最大の物だそうだが、ニサと同様形がはっきりと残っていて、様子がよくわかる。音響効果抜群。3,4世紀頃にはここで猛獣と剣士の戦いなどが行われたそうだ。
 「さあ帰りましょう、私がよしと言うまで決して振り向いてはいけませんよ、メドゥーサの怒りに触れて石にされますからね。」とガイドに言われて、皆そのつもりになって歩き、一斉のせ、で振り返ったら、なんと素晴らしい光景。今見てきた大劇場が全部見渡せる。完全な形が見える。写真を撮りまくった。全員の集合写真も撮った。

 閉門時間の16時30分までたっぷりと見学して、バスの出発は16時45分。そろそろ紅白も終わる時間。こちらでもやはり話題は紅白のこと。うちはしっかりとビデオを予約してきたから大丈夫。出発前にトイレに行ったが、ここのは10万TLに値上がり。日本人だからぼられた?


○ホテルへ


 イズミールへ向かう。セルチュクの町をまず通過。セントヨハネの墓の近くを通る。日はだいぶ傾いてきた。町を抜けて綿畑の中を走る。イズミールまで約1時間30分。果たして薄暮にエーゲ海を望めるのか。17時日本時間の新年、トルコでは丁度イズミールへの高速(有料)道路に乗って間もなくだった。高速道路は比較的すいていて、セダンがどんどんバスを追い越していく。5時30分を回ってホテルへ到着。ホテルは4星だが、コンパクトにまとまったシティーホテルの様相。両替をするが、前日のホテルよりレートが悪い。
 室内はベッド脇の電球が一つなくなっていたことと、洗面所の床がどこからか水が漏れるのだろう常にベタベタしていたことが不備であとはよい。

 7時より夕食。夕食のメニュー、魚のスープ(?野菜のように思えた)、ボレキ(チーズ入りパイ)、サラダ、魚(白身魚のバター焼き?)デザート。ワイン大390万から425万、小290万、ビール90万、チャイ50万、コーヒー50万、ネスカフェ55万、ジュース75万、フレッシュジュース90万。ミネラル水はサービスで飲み放題。


○年越し


 夕食後いったん部屋に戻り、順さんの調子を確かめた上でバーへ行く。ツァー客のうちわの忘年会&新年会をする。ジントニック90万TLを二人で飲む。1998年が終わったという感じと、旅行のメインエベントのエフェソス観光が終わった、つまりは今回の旅行のピークに達したという感じ。
 10時過ぎに会はお開き。みんな羽目を外さないまじめな人たちだ。勤勉な人たちだ。風呂につかり11時過ぎに就寝。明日はこの旅で今までの中で一番出発が早い7時15分。

 2時過ぎに目を覚ますと、ドアのすき間に添乗員さんからの年賀状。もう1999年なのだと改めて実感。
 
☆ 本日のホテル カヤ プレステージ(★★★★)(イズミール)
  ショーあり。ただし食事付き1300万TL。
  フロントにて、両替、セーフティボックス。
  部屋の鍵は、電源と連動タイプ。
  治安はまり良くないので、外出は大人数で。
  エレベーターは4人乗り、手動式。
 ◎部屋番号  709(7階)