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2008年6月13日(金)
羽田空港(11:48)−JL 115便 48FG−(1233)伊丹空港(1405)−JN 2335便 18CD−(1440)隠岐空港(1505)−(1528)かぶら杉(1534)−(1555)浄土ヶ浦(1620)−(1638)白島展望台(1700)−福浦港(1750)−(1830)ローソク島(1850)−(1900)福浦港(1910)(1950)都万(泊)
                               宿泊 : 羽衣荘(夕食は郷土名物「祭り料理」)

1−1 出発

 久しぶりの羽田発。7月の洞爺湖サミットに備えて空港警備が厳しくなっているので、早めにという連絡を聞くまでもなく、我が家の出発はいつも早すぎるくらい早い。
 集合の50分ほど前についてしばらく座って待っていると、お弁当を受け取っている人がいたので、近づいてみると添乗員さんだったので早速に受付を済ませた。
 この空港はカードのラウンジが中にあるので、すぐに荷物チェックを受けたが、特にどうと言うこともなくいつも通りにスムースに通過することが出来た。お弁当を食べてからラウンジへ行って、しばらくのんびりしてから、機内へ。

1−2 伊丹へ

 大阪へ行く飛行機でもジャンボで3−4−3の配列。それでも満席で、我々はかなり後ろの方の席だった。飛行時間はそれほど長くないので、サービスは飲み物のみ。順はアイスコーヒーを則はスカイタイムをそれぞれ頼んだ。
 それからしばらくは眠ったりぼんやりしたりしていた。伊丹へはほぼ予定通りに到着。
 伊丹では、同じフロアを移動するだけだったので楽。到着後1時間ほどで出発になるので、あまり動くこともなく待合の椅子で待った。

1−3 隠岐へ

 今度の飛行機は、小さいということで、キャスター付きの小型のスーツケースはすべて機内持ち込みは禁止された。歩いて機内に入る。席は2−2の並びで、20列。確かに小さい。しかもプロペラ機だ。よく揺れた。
 機内でのサービスは、あめ玉だけ。
 隠岐へもほぼ予定通りに着いた。
 二つのイラストはガイドさんのもの。

1−4 かぶら杉

 はじめにかぶら杉というものを見に行った。これは、今は見ることが出来ない乳房杉と後日行く八百杉とともに隠岐の三大杉の一つになっている。
 以下は観光協会資料より。<杉の根元から6本の支幹に分かれていて、いずれもまっすぐ上空に伸びている。胴回りも、太いところでは8mに及んでいる。昭和43年6月には,県の天然記念物に指定された。>
 この杉の木は道路際に大きくそびえ立っている。確かにすごい大きさだ。写真ではあまり残念ながらはっきりとはしないが、手前の黄緑色の歯を付けている木々は皆同じ幹から生えている。つまりフォークを立てたような感じで考えればよいかと思う。ちょうどその結束点が道路面くらいで、その下に太い幹がつながっている。

1−5 浄土ヶ浦海岸

 梅雨に入ったというのに今日はお天気に恵まれて、海に浮かぶ小島や岩礁がとてもきれいに見渡せた。名の由来は一休宗純がこの地を訪れ、さながら極楽浄土のようだと謳ったとことに因んでいるという。
 観光協会資料によると、<およそ1kmにも及ぶ小さな島々が点在している多島海域で、潮風に耐えた古松のたくましい姿が見られ魅了されます。昭和13年に国の天然記念物に指定された。>

1−6 白島崎展望台

 こちらの海岸もきれいだった。展望台まで行くとガイドさんが、この土地の御前相撲の呼び出しをして見せてくれた。とてもよく通る声でお見事。ここでは相撲が盛んで、といっても何か慶びの行事の時とか大きな出来事があったときだけ行うのだとか。別名人情相撲とも言われ、同じ相手と二度対戦して、二度目は一度目の勝負とは反対の結果になるようにするという、つまり必ず一勝一敗になるようにとるのがルールだという。それに出場することはとても名誉なことで、終わると柱をもらい、それを自宅の軒下に記念として飾っておくのだそうだ。
 また、ここには、隠岐片麻岩というものが解説板の土台になっていた。約20億年前に形成された日本でもっとも古い岩石の一つだと言われている。勿論本物だという。
 白島海岸の解説も観光協会資料によると、<島後の最北端に突出した白島崎の北方には、松島、沖の島、白島といった多くの島々が散在しており、このあたりを総称として白島海岸とよんでいる。これらの海岸や島々は長い年月の風化や浸食作用によって,極めて特異な風景美を作り出している。象ケ鼻という巨象が鼻で水を吸い上げているように見える奇岩もある。>

1−7 ローソク岩

 少し風が強かったが、ローソク岩への観光船が出るというので、福浦港へ向かった。大きな船かと思ったら、我々の団体だけでいっぱいになるような小さな船だった。それでも一人2000円もするのだから結構のお値段だ。
 日の入りにあわせて出るので少し待ってからの出航となった。
 我々の他にも1隻出たが、そちらはもっと危なっかしい船で全員がライフジャケットを身につけていた。
 内部には、椅子席や座敷席などがあったのだが、当然我が家は後ろのオープン席。時折かかる水飛沫も何のそので、頑張って景色を楽しんだ。切り立った崖には所々洞窟などもあり、また海には岩礁がいいろいろな形を見せて面白かったが、船の揺れの大きさに片手はしっかりと柵を握り足はずれないように踏ん張っていたので結構力が入っていた。
 ようやく目指すローソク岩に着いた。海の中にポツンと立ち尽くしているこの岩のてっぺんに夕日がくるとちょうどローソクを灯したように見えて人気になっているが、いろいろと条件が折り合わないとその姿を見ることは出来ないのだが、今日はばっちり。すべての条件がそろって見事にローソクを見ることが出来た。
 船長さんも心得たもので、みんなにその状態が見られるように船を行きつ戻りつさせてくれた。我が家も二人でシャッターを押しまくって、ばっちりとその瞬間を写すことが出来た。
 その後も二つの岩の間からも夕日が見られるポイントへ連れて行ってくれるなど大サービスだった。
 帰りは一直線に港に戻ってきた。

1−8 宿泊:羽衣荘

 今夜の宿は分宿となった。それほど大きな宿はなかったのか、とれなかったのかわからないが、そうなっていた。
 ここでの楽しみは夕食の献立。祭り料理と言って、ここの名物料理だ。宣伝のパンフレットによると<祭り料理とは、娯楽の少なかった時代、祭りに親戚一同を招き,歌や踊りの宴会の席で振る舞われた風味豊かな料理の総称>で内容は<サザエ・バイ貝等の貝類、魚介類のお刺身、炊き込みご飯ののり巻き、押し寿司、茶碗蒸し、田舎煮しめ、酢の物など>となっている。
 確かに目の前に並べられた料理は大感激に値する。特に、岩ガキの見事なこと。こんなに大きなのは初体験だった。
 満足して、風呂に入って寝た。風呂は温泉でないのが残念。