オーストリア世界遺産駆け足旅行 第四日目b

4、9月24日(金)

起床(0430)ザルツブルク・ホテル発(0804)モントゼー湖(0830~0930)ザンクトギルゲン(0953~1055)昼食(1150~1255)ハルシュタット(1300~1420)グラーツ(1730~1905)グラーツ・ホテル着(1940)夕食(2015)就寝(2300頃)
               ホテル:コートヤード・グラーツ・バイ・マリオット 207号室

4-8 グラーツへ

 またしばらくバスはひた走る。始めこそ、牛だ、山だ、広大な自然だ、とか言って騒いでいたが、同じような風景に飽きてきた。
 トンネルがいくつかあったが、中には8.3kmというものすごく長いのもあった。
 途中ぼんやりしていると、突然添乗員さんが、城が見えるでしょう、と言うのでカメラを構えた。
 リーガースブルク城かなと思われる。グラーツの東70kmのところにある城砦で、小高い丘に見られた。
 そんな風景を見ながらようやくグラーツに着いた。

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4-9 グラーツ(1730~1905)

 中世の街並みグラーツは、15世紀に、フリードリヒ三世の時代に居城が築かれ、ハプスブルク家の領土となって繁栄した。
 1999年に街の中心部がグラーツ歴史地区として世界遺産に登録されている。
オーストリアの人口第2の都市で、人口は約25万人、そのうちの5万人は大学生という学生の街。
 30分ほど遅れて到着。ガイドさんは、今回はこの国の人だった。
 バスを降りたのは、ロイヤルガーデンの横。22haもあるとのことで、今は公園となっている。そこの歩道には自転車優先道があった。そこを横切らないと歩く道には出られないが、その優先道で自転車にぶつけられても文句は言えないとのことだ。まあ、優先道路だから仕方ないといえばその通りだが、人の歩く道の方が狭くて、人がなおざりにされている感じがした。

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4-9-1 門と王宮

 中世には城の周りには城壁があり、12の門があったが、今は二つしか残っていない。そのうちの一つの門から入る。これは500年前のものだ。
 そこを抜けると右側に王宮があった。と断言したが、どこからどの範囲までが王宮なのかは不明。ただ、今は州知事の官邸として使われている。
1438年にフリードリヒ三世が居城として築いたゴシック様式の建物だったが、当時の面影を残すのは一塔だけ。この中に、螺旋階段があり、途中から左右に分かれ、半周するごとに交わるという不思議な構造になっている。今回は目にすることはなかった。
つまりここは素通りだった。

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4-9-2 大聖堂と霊廟

 後期ゴシック様式。フリードリヒ三世が教区教会・宮廷教会として1438年に建立を始めた。完成は1462年で、道を隔てた王宮とつながっていた。司教座教会となったのは1786年。
 南西側の外壁には古いフレスコ画の一部が残っており、トルコ軍の侵攻の様子などが描かれている。と言っても分かっていて写真を撮ったのではなく、たまたま見つけて何だろうと思って写した。ここもガイドさんにとってはわざわざ取り立てて説明するほどの物ではないと言うことか。
 ここは中に入った。すぐに5400ものパーツからなるというパイプオルガンが目についた。どの教会にも祭壇と反対側にパイプオルガンがあるようだ。
 信者用の椅子は、クルミの木で作られている。飾りは300年前のものだそうだ。何と贅沢。
 他にも装飾で金箔を使っているが、薄くのばしているので全体で1.5kgしか使っていないそうだ。
 そういった説明を聞いて外へ出て、ちょっと横を見る。この、大聖堂の南側にある緑色の丸屋根の建物は、1633年にフェルディナント二世によって建てられた皇帝の霊廟だ。
それから石畳の道を歩いて行くと、途中の広場にフランツ一世の像が立っていた。

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4-9-3 御用達のパン屋

 更に旧市街を歩いていると、パンやケーキを売っている店の前で止まった。ここは1569年創業で、ハプスブルク家御用達の店だったそうだ。フランツヨーゼフやシシィなども利用したという由緒ある店で、しばし買い物タイム。味も製造方法もその当時のままというので、皆買いあさっていたが、我が家はただ眺めるだけ。
 肖像画の付いた箱や缶に商品が入っている。

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4-9-4 仕掛け時計

 ホッフガッセ通りから左に曲がってシュポアガッセ通りに入るとオープンテラスが並んでいた。この辺りから建物の壁に装飾が見られるようになる。
が、今は仕掛け時計の開始時刻が迫っているというので、そちらへ急ぐ。
 鐘の音とともに窓が開き、男女の人形が踊り始める。それぞれ民族衣装を着て、男性は手にビールを、女性はナプキンを持っている。伝統的な収穫の踊りなのだ。3パターンありますと言われた。確かに曲は3曲流れたが、踊りそのものに違いはないように思えた。大して大きな動きはなくただくるくると回るだけにしか見えなかった。最後に鶏が鳴いて終わりを告げる。
 これは150年前に造られた物で、24の鐘がある。
 このような仕掛け時計は、旧市街にはいくつかあるそうだ。

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4-9-5 昔の建物群その1

 少し戻って、先ほどのオープンテラスの辺りで建物を見る。
 この辺りは1700年代の物が多く残っているそうだ。その一角にロベルトシュトゥルトという有名なオペラ歌手が住んでいたんです、とガイドさんは説明したが、誰もこの人を知らなかった。
 アーケードを抜けていくとメーンストリートに出た。
 官庁関係の建物も多く、路面電車も頻繁に行き来していた。

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4-9-6 州庁舎

 グラーツに残るイタリア・ルネサンス様式の建物で、1557年から1565年に造られたルネサンス様式の傑作とされる建物。設計はフィレンツェのドメニコ・デッラリオ。回廊のある3階建てになっており、回廊の柱と柱の間はアーチ状にデザインされている。現在も州庁舎として使われており、そのアーチの下が執務室となっている。
 復元図は1635年当時の物。中央の高い城がグラーツ城。城壁の様子も分かる。
 飾りのある物は何かと思っていたら、井戸だという。これは当時のまま残されていて、上の飾りもオリジナルだそうだ。
 渡り廊下のようになっているアーチの向こう側には、武器博物館がある。1642年に建てられた当時の世界最大の武器庫で、現在までにオリジナルの設備が保存されている唯一のもの。槍や刀、甲冑など約3万2千点が展示されている。もともとはトルコ軍の侵攻に備えて用意した武器や武具を保管する武器庫だった。

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4-9-7 中央広場と市庁舎

 そこからすぐの所に、中央広場と市庁舎があった。
 ここでも市が開かれていて、ちょうど後片付けの最中だった。大きなテントや車の出入りがあって、なかなかいい撮影ポイントが見つからなかった。
 中央に建っているのはヨハン大公の像。

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4-9-8 ムーア川のモダンチック建築

 その後行ったのが、ムーア川沿いにあるモダンアート。
 一つはクンストハウスという、訳が分からないような建物。宇宙船とか軟体動物のようだと言われるそうだが、グラーツ市が造った物。
 流線型模様に全体的に青い色を帯びており、建物を取り巻いているアクリルパネルが光を反射する。又、夜には蛍光管が光ってきれいだとか。
 造るときにはかなり物議を醸し出したと言うが、過去と未来をつなぐ新美術館だそうだ。ピーター・クックがコリン・フルニエと共に、初めて現実化させたとして建築デザイン界では話題を集めたそうだ。
 もう一つは川の中に浮かんでいるように見える建物。これは、貝をモチーフにしたもので、カフェと小さな円形劇場がある。しっかり建物として機能している。
 古い町のすぐ隣にこんなにモダンな建物がある町というのも不思議な気がする。
 NHKの番組「世界遺産への招待状」でこの町の景観と機能との考えが紹介されている。

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4-9-9 昔の建物群その2

 また広場に戻って10分間のフリータイム。少しでもこのフリータイムを取らないとブーイングがでるので、添乗員さんは必ず作っているが、それにしても10分間とは。
 広場周辺には、やはり周りには装飾された建物が並んでいたので、それらを中心に写真を撮っていたら、すぐに時間になってしまった。

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4-10 グラーツ・ホテル着(1940)
コートヤード・グラーツ・バイ・マリオット 207号室

 アメリカ系のホテルと言うだけあって、我々が考えているホテルという感じだった。アメニティーは殆どそろっていた。ただ、掃除が行き届いているとは言い難く、髪の毛が落ちていたり、洗面所のガラスにいたずらがしてあったりと、この当たりはサービスとは縁遠い感じだった。

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4-11 夕食(2015)

スープ、魚ご飯添え、アイスクリーム、ワインデカンタ(11、8€ )

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4-12 部屋にて

 部屋へ戻ってから、寝るには早いかと日本から持ってきたお酒で、二人宴会。これだから旅はやめられない。就寝(2300頃)。

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